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2008年お疲れ様でした

年末の普通の過ごし方がさっぱり分からず、確実に居場所がない長崎です。
皆様いかがお過ごしでしょうか

年末年始は自分でどこかで買い物をしなくては、腹を満たされない行動ばかりしてきたので、何かあれば食い物、飲み物が出てくる環境にドキドキです

実家の実家にきているので、海まで徒歩5分。瀬戸内のおだやかな風景は湖西線から見える琵琶湖みたいだと思っている自分が妙におかしいです

以下はたまってる2008年のぼやき
2008年も残るはあと数時間ということで、結局自分は何を出来たんだろうと思いながら、自己啓発系の本のページをめくっていたりします。
仕事のために、ライフハック系webページを見ることくらいしかしなかったのに、業務効率やアイディアツール系のことを読み漁っている自分はちょっと気持ち悪いです

去年の今頃のことを書いてあるメモ書きを見ると悩んでることはあんまり変わらない。
「サポーターのいないチーム」といわれ続け、選手、スタッフが「応援してくれる人がほしい」とぼやき、静かだったスタンドを見送り続けてきた自分には何が出来るのか、何をしたらいいのか
そして、2006年6月15日にヴィッセルのサポーターになりたいと思った自分の思いはどうなるのか
個人で行える行動力なんてたかだか知れている。
それでも何か出来ればいいという思いは日に日に強くなっていった
年が明けると狂ったように滋賀に通った。
(その思いが募った結果がこのブログだったり、写真撮影だったりするわけだけど)

ヴィッセルはJリーグの中でも、サポーターの数が少なくて、営業の人たちも頭を抱えながら努力していて、ようやく少しずつ街中でその名前を見返るようになっていた。
いぶきに練習を見に行っても、自分ひとりだけということもなかった
解散してしまったヴィッセルU-21プロジェクトの後追いをしたいとずっと考えていた。
石澤のレンタルが延長となり、大江が完全移籍となり、村瀬も怪我さえ治れば再契約という話は、そんな自分からすればものすごくありがたい状態だった

いくらヴィッセルのサポーターが少ないといっても、ほとんど0に近い状態のMIOと比べれば、一人の価値が高まるから優先順位があがるのは必然的だと、知り合いの人たちは笑っていってくれたのも救いだった。
直感で動くけれども、その直感の元には信念というか執念めいたものがある。それさえぶれずにいたら少しずつ何か出来たと思えるんじゃないかとあのころは信じようとしていた

自分のターニングポイントはソニー仙台戦だった
開幕して、サポーターがいる光景になれかけていたときだった。シーズン始まって滋賀県内の試合ばかりだったことを痛感した光景の中、はじめて先制されて、逆転して、その後撮った光景がシャッターを切りながらも「いい光景だ」と思えて
それをどうしても誰かに知ってほしかった。
たくさんの人たちに、MIOびわこ草津というチームの魅力を知ってほしかった
たくさんの人とポイポイしてほしかった
それがきっと去年から憧れていた光景だった
(今考えると「田尾知己」という人に憧れてる部分もあるや
チャラ男といわれつつも、地域決勝岡山戦のあと、負けても大丈夫だと知らなかった田尾君がずっと一人長く頭をたれていた光景が強く残っていて、オフ状態の彼と比較したときのギャップのすごさに、「彼のようになりたい」という思いもあるんだろうな。や、なれないの分かってるだけど、だからこそ)

自分に出来ることは結局こまごまとしたことで
それでも小さなことからはじめたら、何かにつなげられるんじゃないかなとおもってる
2008年は出来たことより、出来なかったことの方が多すぎた
とにかく現場が一番大切だからと、試合や練習には出来る限り顔を出したけど
その場に行ったんだからもっと出来たんじゃないかと思う


まぁ一人でいっても出来ることは限られているというのを痛感したのは本当に成長
2009年は大いについた肉でみんなの下で支えるようなことが出来たらいいなと
たいしたことできないだろうけど
一人でも興味を持ってくれる人が増えるように努力
幸い、MIOにはフラッグとなるべき選手がいるし
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